Wakeikai Medical Corporation Miyashita Clinic (WMC) |
2. 基礎知識−SARSとはどんな病気?
(1)SARSの概略
2002年11月頃から中国広東州で原因不明の重症肺炎が多発し、連鎖的に中国国内で感染が拡大して行きました。2003年2月の段階では新型インフルエンザの可能性が疑われていましたが、インフルエンザウイルスは検出されませんでした。2003年3月にはハノイ・香港・トロント・シンガポールなど世界各国で流行が拡大し、3月16日、WHOはSevere Acute Respiratory Syndrome SARS(重症急性呼吸器症候群)と名づけ、原因不明の新たな重症感染症であることを示しました。
WHOの介入が行なわれ、日本からも医療チームが派遣され的確な感染防止策により、まずハノイで制圧に成功し、4月には原因ウイルスが発見され世界各国で制圧に成功しつつあります。中国では、広東州を発端に、香港・首都北京をはじめとして非常に広い地域に感染が拡大しましたが、感染防止策の徹底によって、ほぼ制圧に成功しました。 しかし、SARSコロナウイルスは高温に弱く、低温で活発になるため、今回の終息は、夏が近づいたことが幸いしたと見られており、今後、冬のインフルエンザ流行期に、SASRが再流行することが強く懸念されています。
WHOの勧告を受け、日本でも流行地域への渡航延期勧告や検疫の強化などが実施され、また、感染症新法における新感染症に指定されました。その後、SARSを指定感染症として定める等の政令(平成15年政令第304号)が、2003年7月4日公布、同年7月14日施行されました。さらに、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律及び検疫法の一部を改正する法律(平成15年法律第145号、平成15年11月15日施行)により、SARSは、1類感染症に指定されました。これまで1類感染症には、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱が指定されており、SARSは6個目の1類感染症になりました。
SARSの疑似症患者もSARS患者とみなすこと、無症状病原体保有者は患者とみなさないこと、と規定されています。医師は、SARS(疑似症患者を含む)と診断した場合は、直ちに、最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出る義務があります。SARS患者(疑似症患者を含む)は、SARSを蔓延させる恐れがなくなるまでの期間の就業が禁止されます。都道府県知事は、SARS患者(疑似症患者を含む)に入院を勧告でき、勧告に従わない場合は、入院させることができます。また、イタチアナグマ、タヌキ及びハクビシンの輸入が禁止され、獣医師は、イタチアナグマ、タヌキ及びハクビシンをSARS(疑いを含む)と診断したときは、直ちに、届け出る義務があります。
今のところ、日本国内では、SARS患者の報告は見られませんが、輸入感染症として持ち込まれる可能性はあり、油断せず感染防止策を徹底することが重要です。
(2)原因および感染経路
SARS(重症急性呼吸器症候群)は、SARSコロナウイルスと呼ばれる新型のウイルス感染症です。SARS患者の咳などからの飛沫感染(*1)および体液や排泄物などの接触感染(*2)によって感染が拡がります。SARS患者の使用した物品からの感染の可能性は低いと見られていますが、中国では患者の使用した物品からの感染・死亡例が報告されており油断禁物です。飛沫核感染(*3)(=空気感染)は、今のところはないと考えられていますが、完全には否定されていません。
SARSコロナウイルスは、野生動物由来と考えられていますが、詳細は明らかにはされていません。香港のグループはハクビシンやタヌキ・イタチアナグマなどの野生動物から、SARSコロナウイルスと思われるウイルスを同定し、また、それらの野生動物を扱う人たちがSARSコロナウイルスに対する高い抗体価を保有することを報告しています。しかし、ハクビシンなどは、中国でははるか以前から食用にされていたにもかかわらず、これまではSARS様の疾病は見られていなかったことなどから、本当にハクビシンなどが自然宿主であるかどうか疑問視されています。また、日本国内でも、中国などから移入して定着したと思われるハクビシンが生息していることが確認されていますが、SARSコロナウイルスを保有しているかどうかは、現在わかっていません。
SARSコロナウイルスは、紫外線に弱く、アルコールや次亜塩素酸などの消毒によって死滅します。
注(*1)【飛沫感染】咳・くしゃみなどから、病原体を含む5μm以上の大きな飛沫粒子が2m程度の距離を飛散し、それが鼻腔・口腔粘膜・結膜などに付着することによって感染する。風疹・百日咳・マイコプラズマ・ジフテリアなどがこの感染形式をもつ。
注(*2)【接触感染】患者への直接の接触、または、患者の血液・体液・排泄物およびそれらが付着した物品に接触することによって感染する。水痘(みずぼうそう)・病原大腸菌・伝染性膿痂疹(とびひ)などが、この感染形式をもつ。
注(*3)【飛沫核感染(=空気感染)】病原体が5μm以下の小さな飛沫核となって長時間空気中を浮遊し、広く拡散してその空気を吸入した人に感染する。インフルエンザ・結核・麻疹(はしか)・水痘(みずぼうそう)などがこの感染形式をもつ。
(3)感染力・感染率・死亡率
SARSの感染力は強力ですが、インフルエンザほどの伝播力はないと考えられています。しかし、これまでに海外では病院内での大流行やマンションでの集団感染などが起こっており、適切な感染防止策をとらない場合は極めて危険です。
SARSの潜伏期間は他の人への感染性はほとんどないとされ、また発病初期の発熱だけで肺炎のない段階では、感染力はあまり高くないと考えられています。しかし、肺炎期になると非常に強い感染力があることが知られています。
注目すべきことはスーパー・スプレッダー(Super Spreader)と呼ばれる、特に強い伝染力を持つ患者が存在する点です。1人のスーパー・スプレッダーから100人もの人に感染した事例や、スーパー・スプレッダーとすれ違っただけで感染した事例もあります。また、高齢者などの基礎疾患のある人がSARSを発症した場合、典型的な症状・経過を示さずに、発見の遅れにつながりやすく、静かなスーパー・スプレッダー(Silent Super Spreader)として、重大な感染源になる場合があります。
SARSの感染率には男女差はありません。4ヶ月から91歳まで、すべての年代で患者が確認されていますが、15歳以下の小児の患者は明らかに少ないことが知られています(その理由は不明です)。成人では20歳代の感染率が高いのですが、これは社会的に活動が盛んで、他の人に接触する機会が多いためだろう、と考えられています。特に、病院内で医療従事者が多数感染していることが特徴であり、無防備な状態で暴露された場合は感染性が非常に高いことがわかっています。
SARSの死亡率は平均約14%程度と見られていますが、年齢によって大きな差があります。慢性の呼吸器疾患や糖尿病などの基礎疾患を有する人ほど重症化しやすく、死亡率が高いことが知られており、高齢者では60%以上の死亡率です。
(4)潜伏期間・症状・経過
SARSは感染の機会から2-10日間の潜伏期間の後、発熱(*1)および咳(*2)・息切れなどで発症します。そのほか、悪寒・全身倦怠感・筋肉痛・頭痛・下痢などを認めることがあります。そして発病2-3日で肺炎(*3)を生じます。
SARS患者の約70%は約1週間で自然に回復しますが、その他の約30%が重症化します。重症化すると、呼吸不全に至り多臓器不全を合併するため、しばしば致死的です。
SARSの初期症状はインフルエンザやマイコプラズマ肺炎などに類似しており、症状のみでは区別することはできません。また、SARSコロナウイルス以外の病原体(たとえばマイコプラズマや細菌など)の感染を合併することもあります。
注(*1)【発熱について】発熱は100%で見られます。大部分は38℃以上であり、厚生労働省の定義でも38℃以上となっていますが、海外では37℃台の症例もあることが知られており、必ずしも高熱とは限りません。
注(*2)【咳について】咳は大部分で見られ、厚生労働省の定義では必須項目になっていますが、100%ではありません。カナダではほぼ100%に咳を認めていますが、中国では50%程度であり、初期には咳を伴わない患者も少なくないと考えられます。
注(*3)【肺炎について】肺炎を生じないまま自然に治癒するような、非常に軽症のSARSが存在する可能性はあります。そのため、肺炎のない「SARS疑い例」においても、SARS コロナウイルスの抗体価測定等の精密検査を行なうことが求められています。
(5)SARSの診断
SARS患者との接触歴や流行地域の滞在歴(発症前10日以内に滞在した地域が、その滞在期間中に流行地域であること)など、SARSコロナウイルスの感染を受けた可能性があると判断された場合に、発熱・咳を認めれば「疑い例」、さらにX線検査で肺炎が認められれば「可能性例」となります。確定診断には病原診断が重要です。PCR法による遺伝子検査は結果が早く判明し、陽性であればSARSの診断は確定しますが、感度は40%程度と考えられ、また、発病の初期は痰などに排泄されるウイルス量が少ないために、本当はSARSでありながらPCR法で検出できない場合があり得ます。したがって、PCR法で陰性であってもSARSを否定することはできません。
そのほか、ウイルス分離培養やペア血清による抗体検査(発病早期および発病2週間後の血清で抗体価を比較する)が有用ですが、結果を得るまでに時間を要するため、発病早期の診断にはあまり役立たないという問題点があります。発病28日目にSARSコロナウイルスに対する抗体が陰性であればSARSは否定的です。
(6)SARSの治療
現時点では根本的な治療法はありません。ウイルス性肺炎に対して全身状態の管理や呼吸管理など、症状を和らげる治療を行なうのが基本です。実際の医療現場では、SARSが疑われた段階で感染防止策を十分に行い、肺炎があれば入院の上、まず、強力に抗生剤の投与が行なわれます。3日間の抗生剤の強力な投与によっても改善しない場合には、中国などではリバビリンとステロイドの大量投与が行なわれています。しかし、リバビリンとステロイドの効果を疑問視する報告もあり、米国では使用されておらず、今のところ標準治療としては認められてはいません。これまで各国で呼吸不全に対し人工呼吸器が使用されましたが、院内感染の重大な原因になるため、現在では、安易には使用しないほうが良いと考えられています。
最近、漢方の生薬の1つである甘草(かんぞう)の薬効成分であるグリチルリチンが、SARSコロナウイルスの,増殖を抑えることがドイツのグループによって報告されましたが、動物実験でのデータであり、臨床的に有効かどうかはわかっていません。
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